2002年2月6日(水)2月の城ヶ島報告


「桐の箱にて」

                        

参加者:工藤さん、木村(尚)さん、諏訪部さん、荒井さん(陸上班)、元木さん(新人)、反田

 日ごろの行いがものを言うのでしょうか、前日からの雨が運良く出発直前に上がりました。木村さんに拙宅まで車で迎えに来ていただき、途中、京急線の終点、三崎口で元木さんもピックアップ。木村さんも私も超新人の元木さんの顔を知りませんでしたが、ダイビングバックを横に置いてベンチに座っていましたので、すぐに分かりました。ほぼ同時に元木さんもこちらに気付き、車のところまで小走りで来てくれました。城ヶ島大橋を渡って神奈川県水産総合研究所に入ると、荒井さんをピックアップした諏訪部さんがすでに来ておりました。まだ、集合時間の10時には間があるのに全員集合です。この日はみんな気合いが入っていたようです。それと言うのも、この日のメインは天皇陛下に献上するキヌバリの稚魚の採取があったからです。

 キヌバリは日本海のものと太平洋のものでは、体側の縞の数が違い、日本海のものは横縞が1本多いということです。陛下は、外部形態と集団遺伝学的手法の両方のアプローチからキヌバリの再検討の研究を進めておられ、今回はDNA解析による遺伝子頻度を求めるためのサンプル採集ということです。日本海の方は能登島水族館で採集するそうです。ともに最低30個体は必要とのこと。私は事前に100円ショップで買った大判の洗濯ネットと金属製のハンガーで「My手網」を製作、網に追い込むための布団たたきも買いました。今回は、手網と布団たたきと、ついでにカメラも持ってのダイビングです。

 エントリー・ポイントは例によって、研究所の前の海に設置してあるイケス。新人の元木さんが働き者で、他人の器材まで運んでおりました(元木さん、他のメンバーは私を除きスポーツダイバーでなくて潜水夫ですので、お気遣いは不要ですよ!)。イケスの上で工藤さんがブリーフィング。工藤さんと私はキヌバリ捕獲専門、木村さんは研究中の設置物の専門、諏訪部さんは設置物を水中ビデオで撮影後、キヌバリ捕獲に転向、元木さんも木村さんについて設置物観察後、キヌバリを捕獲することになりました。

 前回、10月の時はイケスの端から入ったのですが、今回はイケスの中の四角い穴(?)から、流氷ダイビングのように入りました(やったことはありませんが、イメージ的に)。空が曇っていたため中はちょっと暗かったのですが、それでも透視度は数mあり充分です。木村さんが研究のため設置している様々なものが遠くからもはっきり見えます。そこには海藻など色々な付着物が着いています。私は設置物を数カット撮影したあと、キヌバリを求めて沖側のホンダワラ帯に行きました。途中、海底でスジハゼがのんびりとテッポウエビの巣穴の入り口で見張りをしていたので撮影。寄っても逃げないので、調子に乗って寄り過ぎたら巣穴に逃げ込んでしまいました。

 ホンダワラ帯に着くと、周辺を泳いでいるはずのキヌバリが居ません!不安がよぎりましたがホンダワラの向こう側に行ったら、何と幼魚が十数尾も群れているではありませんか(安堵、安堵!)。群れといってもイワシなどのように全員が同じ方向を向いて泳いでいるのではなく、それぞれが思い思いの方を見ていて、のんびり浮いているという感じです。カメラが邪魔だったので、分かり易いところに置いて、早速、捕獲開始です。家でシミュレーションしてきたように、まずはホンダワラに追い込みました。シミュレーションでは、ここでキヌバリがホンダワラの中でじっとして、そこを一気に網に追い込む……はずだったのに???

 水中で思わず「ええっ!」と叫んでしまいました。当のキヌバリ君たちはホンダワラを素通りして、向こう側で何食わぬ顔をして、また思い思いの方を見ています。何回やっても結果は同じ。それならと、手を伸ばしてホンダワラの向こう側に網を置いて布団たたきで、エィ、ヤァという感じで手網に追い込んだら、やっと入りました。ついにゲットです。水面に顔を出して「獲ったぁ」と荒井さんに大声で叫び、意気揚揚と水面移動してイケスに向かいました。荒井さんに網を渡すと「何匹ですか」と聞かれ、「たぶん1匹です」と答えたら、荒井さんが「あ、もう1匹いました」と嬉しい声。一気に2尾もゲットしてしまいました。

 もう一度、ホンダワラに戻って同じ手を使おうとすると、網を回り込ませる前にみんな散ってしまいます。これでは時間を浪費するだけでダメだと思い、ホンダワラのない砂地に追い込むことにしました。ホンダワラ側から追うと、うまく1尾が沖の砂地の方に逃げます。追い続けると、さすがに疲れた様子で砂地の上5cmほどをホバリングし始めました。左手の布団たたきをぐるぐる動かし、キヌバリの注意をそこに集めます。まるで子供のときにやったトンボ獲りの要領です。右手に持った手網をゆっくりキヌバリに近づけて、布団たたきをキヌバリ側に寄せると、キヌバリはスーッと網の中に入りました。やりました!この手です。

 2回目以降は荒井さんがイケスからバケツを持ってホンダワラ帯近くの突堤まで来てくれました。いちいちイケスまで水面移動せずに済み効率がアップします。工藤さんや諏訪部さんも次々とキヌバリを運んできます。私と違い布団たたきの代わりに手網を2本使っており、その分、効率が良いようです。元木さんも2尾まとめてゲットするなど活躍しています。こちらも頑張らなくては。荒井さんとホンダワラと砂地の間を行ったり来たりのピストン操業。ホンダワラから引き離しては、網に追い込み荒井さんのところまで持っていく…の繰り返しです。

 最初のうちは、遊泳力の弱い小さいキヌバリを選んで獲っていたのですが、網の懐が深すぎて網のシワの間に魚が隠れてしまいます。荒井さんがキヌバリをバケツに入れ難いとのことで、それからは比較的大きい個体を狙いました。体が大きいだけあって逃げ足も速く、砂地の上を相当追いまわさないと止まってくれませんでしたが、それでも最終的に私は14尾をゲットしました。全員で最低必要数の30尾を大きく上回る40尾以上も獲れました。

 捕獲が終わったので、キヌバリを撮影しようと思い、沈めてあったカメラを回収して、いざ撮影しようとすると、キヌバリは怯えまくって、エアの排気音を聞いただけで逃げまどう状況です。困りました。仕方なく沖側のカジメ帯に行くと、そこにはキヌバリが居ません。突堤の先端を回って突堤の反対側に行けば居るだろうと思って行ってみると、やっぱりホンダワラが沢山生えていました。「これで撮影できるな」と思ったのもつかの間、そこに居たのは、同じキヌバリ属のハゼなのですが、こちらはチャガラでした。失意のままテトラポッドからエキジット。この日の教訓は「獲る前に撮るべし」。陸に上がると、もう空には雲がなく日差しがあり、風もなく暖かい陽気で、インナースーツを沢山着込んだいた私は暑いくらいでした。

 陸では生長したアマモの苗を苗床用の水槽から研究所前の池に入れる作業です。相変わらず池にはマダイがウヨウヨ。どのタイが美味しそう…といった話題で盛り上がりました。その池の中の作業を木村さんと諏訪部さんの潜水夫コンビが担当。残りの人は砂がたっぷり入って重い苗のケースを4人がかり何とか水中に降ろしました。「金と力は無かりけり」の私は久々に全身の筋肉を使ったという感じで、終わったら背筋が痛いというオマケ付きでした。ケースの中はほとんど砂なので、水中の重量も陸上の重量と変わらないようで、水中ではエアがバンバン出て、相当苦しい作業のようでした。しかし、そこは潜水夫!苗ケースを2つとも、きちんと設置。この一連の作業では、最低6人必要なことが分かり、今回はギリギリの6人。全員が力を合わせて一つのことをやり遂げた充実感というか達成感が湧いてきました。他の人も一緒ではないでしょうか。次回、3月にケースを揚げる時も最低6人は必要でしょう。

 ゲットしたキヌバリは研究所の増殖用の部屋で大事に水槽に入れてあるとのことでした。この部屋は種苗放流用の稚魚が飼育されているところで、私のような一般人は立ち入り禁止です。しかし、今回は特別に入れて頂くことになりました。私はドライスーツのまま、足を消毒液で充分消毒。中に入ると透明の水槽の中に天皇陛下へ献上するキヌバリが入っていました。キヌバリはシマウマのように横縞模様があります。水中では気が付かなかったのですが、よく見ると幼いため体がまだ透明で、反対側の縞模様が透けて見え、宝石というかガラス細工の装飾品のようです。美しさに感激しました。和名の由来は「絹張り」に違いありません。きっと陛下もそこに惚れたのではないでしょうか。キヌバリの横の大水槽には、稚魚の飼育水槽から移し替えたばかりのホシガレイ(確か高級魚では)の稚魚がいっぱいいました。まだ体長は数ミリで、折れて短くなったシャーペンの芯のように見えます。大きくなっていずれ放流されるのでしょう。頑張って生き残ってほしいものです。

 水中で泳ぎまくったあと、陸上でも重いものを持ち上げるなど、体を目一杯使ったせいか、お腹が空いてきました。車2台に分乗して、城ヶ島大橋を渡って本土上陸。三崎といえばマグロ。丼の美味しい店に入りました(店名忘れました)。色々ある丼の中から2つ選べます。2つセットで何と1000円のリーズナブルプライス。木村さん、諏訪部さん、荒井さんはビントロ丼+鯵たたき丼、元木さんと私はビントロ丼+イカ刺し丼、注目の地元民(?)工藤さんは最後にマグロ丼+イカ刺し丼を頼みました。とても美味しく頂きましたが、他の人の丼も美味しそうに見えます。今度、来る機会があったら何を頼もうか、またまた迷ってしまいそうです。

 昼食後は、残ったアマモの種の発芽したものとそうでないものとの選別作業、植付け作業、アマモに使った大型水槽の清掃などを分担して行いました。キヌバリの写真をどうしても撮りたくて、木村さんの長靴を使い回してもう一度、飼育室(?)に入れていただきました。縞が出ていない小型のものが数尾、あがってしまいました(活魚屋の言葉で死んだことです)。私が最初に獲ったものでしょうか。ちょっとかわいそうな気がしますが、死んでも95%アルコールに漬けてから遺伝子の研究に役立てられるとのことでホッとしました。成仏してくださいね。キヌバリは翌7日に工藤さんが皇居まで桐の箱に入れてお届けにあがるとのことです。「えっ?桐の箱?」。ジョークでした。実際は酸素を詰めたビニール袋で持って行かれたようです。

 作業をしていると工藤さんに来客です。その方が作業現場までビンを片手に来て、アラメを植え付けたのでアラメの苗かどうか見て欲しいとのこと。タコ糸には雑藻の中からアラメの苗がいくつも出ていました。横で何も知らない私に木村さんや工藤さんが説明してくれました。アラメはワカメに似ていますがワカメが1年藻なのに対しアラメは多年藻で、アラメが定着すると海中林を形成して海が活き活きしてくるとのこと。アラメは種付けがなかなか難しいとのことで、画期的なことのようです。一般人の中にも、こういうことをコツコツやられている方がいるのですね。頭が下がります。このあと、参加の記念にアマモの発芽しなかった種を頂きました。乾燥させれば、とっておけるそうです。4時過ぎに解散となりました。来月はいよいよ、アマモを野島の海に植え付けることになります。今から生長が楽しみです。

 潜行開始:10時32分、浮上:11時40分、潜水時間63分間、水深:最大6.4m、平均3.2m、水温:最低9.9℃、平均10.3℃、天候:曇のち晴れ
今回観察した魚種:メバル、スズメダイ、オハグロベラ、ウミタナゴ、ネズッポ科の1種(トビヌメリ?)、キヌバリ、チャガラ、スジハゼ、クツワハゼ、ホシノハゼ、(木村さん、諏訪部さんはクロダイも観察)

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